尼崎市水道通水100周年記念誌
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 昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長期には、尼崎市は工業生産の拡大に加えて、住宅地開発が一層進み、人口は、昭和45年(1970)に55万3600人とピークを迎えます。経済成長の一方で、地盤沈下や大気汚染、河川の水質汚濁などの公害問題が深刻化してきました。 淀川の水質は、取水開始からしばらくは浄水処理に問題となるような汚染などなく推移していました。しかし、昭和の発展と人口増加に伴って水質汚染が急速に進み水質異常による事故が年々増加傾向にあったため尼崎市では水質試験車を導入し、まちなかでも車内で水質を分析できるよう30年ごろから淀川流域の工業 _ 18今では、普通に自動販売機から、ミネラルウォーターを買えるけど、ほんの少し前までは、売ってなかったんだ。でも、そんなミネラルウォーターにも負けない安全・安心な水が水道水って知ってましたか?昭和30年(1955)~淀川の水質悪化に加え琵琶湖でカビ臭物質が発生。安全でおいしい水道水を   追求して❶

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